: 雨音 Scene:5 :


「彼女は、どうして一人で行ったのかしら」


「……ん?」


10分ほど経ったろうか。
彼女は姿勢を変えずに、静かに言った。
対して俺の答えは間抜けなもんだ。

 レッドリング
“赤い輪”は何故一人で闘う道を選んだのか。
言われてみれば、おかしな話だ。


頭の上に俺たちが来ていることは分かっていた筈だ。
一流のハンターズの戦闘能力をもってすれば、二、三日……いや一ヵ月ドームの傍
で過ごすぐらい――もっともあの総督が、そんなに長い間、ほったらかしておくと
は思わないが――どうと言う事はないはずだ。


あえて危険な惑星探検など買って出ることはない。


俺たちは先導など頼んだ覚えはないのだから。
記録装置の情報はありがたかったが、別にそれを頼りに闘ってきた訳ではない。


「……せっかちだったのさ」

 レッドリング
“赤い輪”はそういう性格だったようだ。
それは記録装置の情報から見て取れた。


旺盛な好奇心と探求心。
そしてそれを支える強靭な意志と肉体。
アニメに出てきそうなハンターズの典型だ。


あまり目はよくなかったようだが。


「そうかもね」


グラスの中身は半分ほどになっている。
マスター、もう一杯もらおうか。


「でも……」


彼女は肘をついたまま、両手で持ったグラスの端に唇をつけた。
そして妙に冷たい目で、彼女はつぶやく様に言った。


「……彼女は、本当に一人だったのかしら……」


それは分かりきった事だ。


彼女は一人だった。
記録装置がそう言っている。


そして一人だったから、帰って来られなかったのだ。


「誰か一緒にいれば、あのお嬢さんも最後まで強がって見せたろうさ」

                            レッドリング
惑星に点在する記録装置は、まさに“赤い輪”の、あの惑星での最後の生き様
そのものを綴ったものだった。


得意げで、自信に満ちた優秀なハンターズの生き様。
怪奇な世界を行く、勇敢なハンターズの生き様。
陰謀に挑む、正義感溢れるハンターズの生き様。

      レッドリング
そして“赤い輪”と呼ばれた、ただの娘の生き様を綴った、最後の記録だった。


「本当にそうかしら」


何か思い当たることでもあるというのだろうか。
          レッドリング
記録装置は“赤い輪”のささやかなぼやきまで、正確に記録していた。


『一人が恨めしい』


伝説の英雄が、俺たちが遺跡と呼んでいる黴臭い場所で漏らした言葉だ。


強がりもあのへんまでだったらしい。
 レッドリング
“赤い輪”も同じ人間だったと言う事が伺える。


まだ駆け出しだった不期遭遇戦の折、あの記録を見つけた時には、少しばかり気が
大きくなったものだ。


英雄殿でも、音を上げるようなところで闘っている。
俺は凄い奴なのかも、なんてな。


「それは、遺跡の?」


「……ああ。
 あんたも見たことくらいあるだろう」

 レッドリング
“赤い輪”と同じくせっかちなハンターズでないかぎりは、見たこともある
だろう。


彼女はグラスを傾け、氷が澄んだ音を立てた。




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