: 雨音 Scene:4 :


「貴方は……」


「……ん?」


10分ほど経ったろうか。
彼女は姿勢を変えずに、静かに言った。
対して俺の答えは間抜けなもんだ。


「貴方は、どうして闘いを続けているの」


できれば、退屈しない老後と、死んで行ったハンターズのために。
……なんてな。


俺に、そんな格好良い真似が出来る訳がない。
何にせよ命を張るのは、割に合わない事だ。
まして他人のために命を張るって言うのは相当割に合わない。


だからと言って、人のために死んだお前を笑ったりはしないさ、戦友。
ただ俺には、そんな格好良い生きかたも、死にかたもできないだろうな。


「……俺は、闘いが終わって欲しくないんだ」


「どうして?」


「死ぬまでに、英雄になってみたいからさ」


下らない俺にはお似合いの、下らない死と隣り合わせの毎日。
あるいは、自分が生きているのかどうかもわからない、平穏無事な毎日。
そんな日々から逃げる事も、かといって闘いの中で死んでいく勇気もない俺の、
ささやかな強がり。


「ヒーロー、ね」


彼女がくすくす、と、小気味良く笑う。
長い耳が可笑しそうに揺れていた。


「……可笑しいか?」


気分を害した訳じゃない。
俺にしては上出来な冗談だったと思っただけだ。
そしてそんなふうに思った自分が、可笑しかった。
俺の肩が震えたのはそういう訳だ。


随分笑っていなかったような気がする。
久しぶりに、少しだけ気分が良かった。

  レッドリング
「“赤い輪”のようになりたいのね」


彼女はグラスを傾け、懐かしい名前を口にした。

 レッドリング
“赤い輪”。


パイオニア・ファーストの英雄。
やがて来る俺たちを導くため、たった一人、善意とかいう感情のままに闘い、そして
消えた本物のヒーロー。


「慈善事業で英雄をやるのは、御免だがね」


……そういえば、あの傍迷惑な不良娘はどこにいるのだろうか。
初めて惑星に降り、残された記録装置を見た限りでは、英雄様は元気そうだった。


「彼女は、どこにいったのかしら」


俺たちが常日頃――と言っても今や、時折頭のすみをかすめる程度だが――思っている、
もっともだが、とても愚かしい疑問だ。


食われちまったのさ、あの糞ったれに。
いくら伝説のヒーローでも、一人でできることには限度がある。


「貴方も、死んだと思っているの?」

                    レッドリング
大半の者が、伝説の英雄“赤い輪”は死んだと思っているはずだ。
人の命なんてものは、闘いが始まれば、安いものだ。


「……違うのかい」


確かに、たった一人残された小娘にしては、よく頑張っていた。


こまやかな観察で、原生生物どもの闘いかたを分析し、それを残していく。
あのゴリラ――誰だ、あれを熊なんて言ったファーストの馬鹿は――や、馬鹿でかい
ドラゴンを見ておきながら、冷静に対処するなんていうのは大したものだ。


さすが英雄様だ。


俺の経験からすれば、いくら悟ってみたところで、人間なんてちっぽけなもんさ。
いざ自分が死ぬ番になると、ブルッちまって奥歯が鳴りやがる。
お前と出会った時がそうだったよな、戦友。


《墓から出てきたばかりって顔してるぜ……よぅ、大丈夫かい》


《……ああ、助かった》


《闘ってるときには足を止めるもんじゃないぜ、レンジャーさん》


《……忠告ありがとうよ。
 命の恩人に悪いんだが、次から助ける時は、
 死体がどう倒れるか考えてからにしてくれないか》


《それは悪かった。
 次から気をつけるよ……ところであんた、名前は》


それから、二人で酒を飲んだな。
この店で。


二人いりゃあ、何でもできたな。


「……あの世知辛い惑星でやっていくには、一人じゃ弱過ぎるからな……」


「……そうね」


そしてまた、雨音とキャシールの駆動音だけが聞こえる。


まだ雨は止みそうにない。




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