: 雨音 Scene:7 :


      レッドリング
「……“赤い輪”は」


「……え?」


今度は、俺が先に切り出した。
対して、彼女は落ちついた声で応える。

  レッドリング
「“赤い輪”は、誰も救えなかったんだろうか」


英雄と呼ばれた一人の娘が、政府の陰謀を知ることになったとして。


それをどうしろというのだろう。
英雄である以前に、彼女はハンターズであり、人間だ。


人間らしい、汚い話もあったろう。


市民の希望であるために、英雄であることを演じ続けなくてはならなかった英雄。
爆発の生存者を助けるために、秘密裏に地下深く進んだ部隊の元へ向かった英雄。
一人の娘であるが故に、信念を曲げて、現実を黙殺しなければならなかった英雄。

        レッドリング
やっぱり、“赤い輪”は本物のヒーローなのかもしれないぜ、戦友。
俺たちとは、ハートの出来が違ったのさ。


そうまでして――あくまでも憶測ではあるが――彼女が救おうとした者は誰一人、
助からなかったのだろうか。


それは、あまりに不憫だ。


運良く彼女と一緒に、軍に合流できたとして、彼らはどうなったのだろうか。
軍は、政府は、疲れきった彼らをどうしたのだろうか。


現実は、往々にして冷酷なものだが、同情の余地はある。


俺がこんな風に思うとは、意外かい、戦友。
実は俺もなんだ。


ニューマンの女は、氷を見つめている。


「……駄目だったのかも、しれないわね」


まず、間違いない。
最初に何人いて――まあ、話をあわせて考えて、だが――何処で合流したにしろ、
“存在しないはずの”軍は、彼らを守りはしなかったろう。


人間の敵は、いつの時代も人間。
そんな使い古された言い回しが浮かぶ。


「……軍も結局、その連中の後を追う羽目になったようだが」


完膚なきまでに破壊された軍備が、遺跡の至る所で発見されている。


やりきれなかったろうな。
……この話が、本当だとしたら。


教えてくれ、戦友。


“助けようとした奴が死ぬ事”と、“助けてくれた奴が死ぬ事”と、どっちが辛い
んだろうな。
お前が助けた、フォースのお嬢さんは、寝込んじまったよ。
優しいお嬢さんだったからな……。


グラスを空にする。
マスター、悪いが、追加を頼む。


彼女は、そっとグラスに口をつけた。
ついで、ことん、と、小さくカウンターが鳴る。

              レッドリング
「もしかしたら……“赤い輪”は、初めから誰も救うつもりがなかったのかも」


俺にはニューマンという奴が良く分からん。
それとも、これは彼女がフォースだからか。
それとも、これは酒のせいか。


救うつもりがなかった?


それこそナンセンスだ。
     レッドリング
あの“赤い輪”が、困ってる奴を見捨てられるものか。
自分で、酔狂なことだ、と笑える程度には、お人良しなんだ。


「だって彼女は、全てを知った上で嘘をついていたかもしれない」


全ては可能性の話。
ただの言葉遊びだ。


「英雄様は、とんだ冷血女って訳か。
 ……それとも、勝手な連中に愛想が尽きたのかな」


うさ晴らしにしては、悪趣味だがね。


「人の趣味なんて、意外なものよ」


それは、認めるところだ。


お前の趣味はハーモニカだったな、戦友。
上手いもんだった。


「……どうして、そう思うんだ?」


「彼女は、閉ざされていた遺跡の中に、私たちより以前に、入りこんでいたわ」


見解はいろいろあるが、これまでの調査とハンターズの意見から、今のところの推測
                    レッドリング
では、“闇の化身”様が、“赤い輪”を取り込んだから、というのが、有力だ。偉大なる
糞ったれの食事の邪魔にならないように、玄関に鍵をかけたという訳だ。


「……閉じ込められたんだろう。
 あそこじゃ、ちょいと奥に向かえば、入り口のことなんてわからなくなっちまう」


「閉じ込められたのは、彼女だけじゃないわ。
 彼女についていった生存者や、軍も、一緒に」


ニューマンの女は、グラスを揺すって、浮かんだ氷を漂わせる。
その輝きは冷たく、美しく、そして、一つではない。

                      レッドリング
「……遺跡を閉ざしたのは、“赤い輪”だ、と?」


「物事は、多面的なんでしょう?」


カラ、カラ、と、グラスが鳴る。
キャシールの駆動音と、雨音。


まだ、雨は止みそうにない。




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