: 雨音 Scene:3 :


「……誰か、いなくなったの?」


「……ん?」


10分ほど経ったろうか。
彼女は姿勢を変えずに、静かに言った。
対して俺の答えは間抜けなもんだ。


「そんな気が、しただけなんだけど」


「……ああ、昨日の事だ」


そう、昨日の事だ。
そしてそれは、今日に持ち越す事じゃない。
……はずだったんだが。


「……そう」


「……ああ」


残された者に、かける言葉なんてあるはずがない。
黙っていても、罪にはならない。


少々、想い出がこみ上げてくるのが辛いが。


静かで――少々くたびれてはいるが――落ちついた店内。
はじめてここを訪れた時には、キャシールに客商売が勤まるものなのかと、柄にも
なく気になったものだ。


《……じゃあ、一杯賭けようか。
 俺は、いつかお前さんが、この店を最高だと思うほうに賭ける》


あの勝負は、お前の勝ちだ、戦友。
ここのマスターは最高のバーテンだ。


意味もなく語ることはなく、沈黙の価値を知っている。


しばらく、言葉が途絶えた。


「……こんな噂、知ってる?」


このひとときは、辛かったのだろうか。
ニューマンの女は、沈黙を良しとは思わなかったようだ。


まあ、いいんじゃないか、戦友。
昔のことなんてものは、後になって見りゃ、夢みたいなもんだ。
喜んで、悲しんで、想い出だけが残って……。


「……どんな」


「……あの惑星で死んだ生き物は、みんな“闇の化身”の糧になるっていう、噂」


冗談なのか、本当なのか。
彼女は、どちらとも取れるような、疲れたような微笑を浮かべて、グラスを傾ける。


最近はそんな噂があるのか。


まあ、無理も無い。
こうも先が見えなくて、毎日誰かが――下に住んでる奴らを数えれば、きりがない
が――死んでいくような、こんな状況では。


よう、戦友。
お前も、食われちまったのか?


「まあ、あれだけ際限なく出てこられちゃ、そう言いたくもなるだろうな」


「そうね」


俺も彼女も、喉の奥で笑った。
まったくありがたくない事だが、その噂が本当なら、多少納得もいく。


俺たちが殺しつづけるから、あの糞ったれは、何度でも蘇る。
よく出来た噂だ。


「……結局、私たちは、何を相手に闘っているのかしら」


「……今の噂によると、幽霊だな」


それなりに面白い話だった。


「……そうじゃなきゃ、
 いつまでも愛想良く付き合ってくれる、迷惑な“敵”を相手に、だ」


「終わらないかもしれないと分かっているのに、みんな闘うのね」


分かっていない奴などいない。
ただ。


「……終わるかもしれないから、闘っているのさ、多分」


終わらないかも、ということは、終わるかも、しれない。
物事は常に多面的だ。


「死んで行った、仲間のためにも?」


……そうだな。
そんな気持ちも、少なからずあるだろう。
お前も、そのほうが安心できるだろう、戦友。


「……まあ、そんなところじゃないか」


「そうね」


そしてまた、雨音とキャシールの駆動音だけが聞こえる。


まだ雨は止みそうにない。




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