: 雨音 Scene:2 :


俺にはニューマンという奴が良く分からん。
不安定な寿命、洗練された精神、そのくせ、集中力欠如。
それに長い耳。


まあ、それはこの際いいとしよう。
そのニューマンの女は美人だったのだから。
それも、すこぶるつきの。


お前なら、放っておかないだろうな、戦友。


すらりと背が高くて――と言ってもこの連中は生来小柄だが――出るところは出ている。
見事なブロンドだ。


が……あの二股の帽子はいただけない。
可愛いのは分かるが、ふわふわとした丸い飾りが子供っぽい。


たまの息抜きに、声でもかけるか?


普段なら、それもいいかもしれないな。
今は、とてもそんな気分じゃないが。


「最近はどう?」


俺の左側、三つほど離れた席についた彼女は、静かに言った。
それが俺に向けられた言葉だとわかるまでには、たっぷり一分はかかった。


「……俺に言ってるのか」


「他には彼女しかいないけれど」


ニューマンの女はキャシールを見て口元だけで笑い、俺と同じものを頼んだ。


「……どこかで会ったか」


「会ったことがなければ、話しかけてはいけないのかしら」


いや、そんな法はない。
ただ。


「……時と場合と」


グラスに浮いた氷が澄んだ音を立てる。


「……相手によるな」


お互い、特に相手のほうを見る事はしない。
……今日が終わるまで、覚えているかもわからないのだから。


「私はついてなかったようね」


落ちついたオレンジ色のダウンライトの向こう、彼女は両肘をついて、さして気にした
風もなく、グラスを眺めている。


キャシールの極めて小さな駆動音と、グラスを磨く音だけが、雨音に混じっていた。


とても静かだった。


「……友達が死んだわ」


「……ん?」


10分ほど経ったろうか。
彼女は姿勢を変えずに、静かに言った。
対して俺の答えは間抜けなもんだ。


そういえば、今日までに何人死んでいったろうか。


ブ レ イ ド
“豪刀”

ザ・バトラー
“執事”

ブラック・ハウンド
“猟  犬”


……その他、銘もない勇敢な愚か者たち。
お前もだぜ、戦友。


自衛で手一杯の軍隊からは白い目で見られ、自称まっとうな市民様にはヤクザ者
と囁かれ。
そんな、ヒーローでもない俺たちが、そんな奴らのために命をかけている。


「……そのほうが、幸せかもしれないさ」


目標はほど遠く、希望も絶望も枯れ果てた毎日。
そんな中、殺し続けて生きているよりは……。


「いい人ね」


いつのまにか残り少なくなったグラスを上げて、マスターに追加を頼む。


「……いい奴ってのは、死んでいった奴のことさ」


いつの時代もどんな時も、死ぬのはいい奴だ。
そして俺のような奴だけが生き残って、未来を腐らせていく。


「じゃあ、貴方は悪人なのかしら」


「……少なくとも、まだ生きてるからな」


彼女は大きく体をそらせて伸びをし、今度は頬杖をつく。
伏目がちの瞳が妖しく光っていた。


「私もきっと、そうね」


「……明日のことは、誰にもわからんさ」


自嘲気味の声。


雨音とキャシールの駆動音だけが聞こえる。


まだ雨は止みそうにない。




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